「メガネ越し、傍目八目(おかめはちもく)、右も左もぶっとばせ!」




ロスから約一時間、二人を乗せた車は郊外の高級住宅街に到着しました。
玄関に出迎えたアメリカ人御夫婦とマスターは、抱擁して再会を喜んでいます。



その母親の後ろに,一人の少女が小さな体を隠すようにして
日本から来た二人を見つめていました。
うながされて恥ずかしそうに挨拶をした少女は、少年より二つ三つ下にみえました。
アメリカではじめて同じ年ぐらいの子供に挨拶された少年も、
少し照れくさそうに挨拶を返します。二人は家に招かれました。



家の中に入ると、そこは日本とは別世界。
吹き抜けの大きな家に公園ほどあるプールつきの庭、
まるで映画を見てるようでした。少年が驚いて周りを見渡していると母親が
「あなた達、大人に付き合ってても退屈でしょう。外で遊んでらっしゃい」
遊ぶには十分すぎる庭でした。少女が少年の目を見て促します。
言葉が通じなくてもそれで十分です。二人は弾けるように庭へ飛び出しました。
マスターと御夫妻は,積もる昔話に花を咲かせました。
二人のうれしそうにはしゃぐ声を聞きながら・・・・



楽しい時間はすぐに過ぎてゆきます。
夕焼けが空を赤く染め始めました。
マスターと御夫婦は再会を約束してお別れの挨拶をし、
少女は少年に握手の手を差し伸べました。
少年は少女の目を見つめながら、その手をとってサヨナラを言いました。



どっぷりと暮れた道路を、一路街へ向かう車。
「どや、楽しかったか?」少年は返事をしません。じっと前を見たままです。
「なんや、つまらんかったんか?」少年はすぐに首を横に振りました。
ちょっと様子が変です。「気分でも悪いんか?」
「悪ない、どうむない」不機嫌そうに口を開きます。
でも相手は子供、こっちは大人。マスターはこの少年の変化を確実に感じとりました。




ホテルに到着した後、ロビーのソファーに座った少年は、
いつもなら踏ん反りかえって足を組んで、もたれかかるのに、
この時は前のめりになって、自分の足元を見つめています。
マスターはその姿を少し離れた所から、ずっと見続けました。
それは落ち込んでいるというより、もがき始めた、そんな気配をマスターは感じたのです。



「ひょっとして俺は、これまでの彼の人生における、
もっとも大事な時間につきあうはめになるのかもしれない」
そう思うとマスターは、背筋を伸ばしました。
これは大人としての責任を果たさなければならないのでは、と思ったのです。      続く。